138068 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

ねぎとろ丼

ねぎとろ丼

神徳ファンタスティカ 3-2

 ※こちらは『神徳ファンタスティカ 3-1』の続きです。


「いやー、早苗があんなにも過激だなんて思いもしなかったよ」
「ちちちち違うんですって! そんなつもりは無かったんですよー!」
「いやあ、穣子の驚いた顔と静葉の真っ赤な顔おもしろかったなー!」
 神奈子様は腹を抱えて笑っておられた。神様に唇を奪われるのなら、まあ良いかなと思ってきた。
 いや、そう思わないと何か勿体無い気がしてきた。
 とはいうものの、静葉様からすればキスを迫られたと思われたかもしれない。
 紆余曲折あったが、ようやく町に到着。
 道行く人を一人捕まえて色々話を聞いてみると、どうやらここは「人里」と呼ばれているらしい。
 規模や人口はよくわからないが、地元の人の感覚では人は少ないらしい。
 私から見れば少なく感じないこともないが、そもそもこの人里自体が狭く見えるのだ。
 元居た地元と同じような感覚。大都会と比べれば雲泥の差だが、近くにスーパーでもありそうな規模。
 ちょくちょくお店を運営しているところもあるのを見れば、お金が流通しているのだろう。
 この辺はまた人里の偉い人にでも詳しく話を聞くことにすればいいと神奈子様が仰った。
 数あるお店の中でも、特に居酒屋らしき店が繁盛していた。赤提灯の看板を出している店もあった。
 神奈子様が早速入ろうとするのだが、もっと里のことをよく知ってからにしましょうと引き止めた。
 山奥みたいな場所にあるだけあって、野菜や果物がたくさん並べられている。
 道を行く男の人たちは皆着物を着やすくアレンジしたみたいなものを着ていた。何かの本で見た、甚平というものに似ている。
 それに対して女の人は中華っぽいというか、アジアンテイストな服を着ている人なども居る。
 ブラウスやスカートを着用した、学生みたいな格好した人もいる。
 中にはゴスロリチックな人、魔法使いみたいな人、メイドさんみたいな人等色々見かけた。
 人里は狭いのかもしれないが、里どころか一つの町としての機能は持っていそうなぐらい人々の営みがされていると思う。

 神奈子様が里の長に挨拶しようと仰ったので、人に場所を訊いてその人の家へ。 
 そうして里長の家に到着。さすが長というだけあって大きな家。
 塀は高く、白くて綺麗。門のところには笠を被った人が一人立っていた。
 神奈子様がその人と話をし、里の長さんに会いたいと頼まれた。番人らしき人は笑顔で招き入れてくれた。
 神奈子様は担いでこられた御柱を番人さんに預けた。預けると言っても普通の人では持ち上げることすら出来ない様子だったが。
 家の中へ入ると、立派な中庭が目に飛び込んできた。
 靴を脱ぎ、お邪魔する。ここの奥さんらしき人に案内され、長さんのところへ。
「失礼します、昨夜あそこの山の上に引っ越して来た者です。こちらは私が仕えさせて頂いている、八坂神奈子様です」
「始めまして、どうぞお座りください」
 里の長さんは四十、五十ぐらいの男性。髭が白い。頭が薄かった。でも格好良く見える。さすが長だ、オーラが違う。
 神奈子様はというと、自己紹介──これこれこうこう、何を司ってきた神様なのかを長さんに説明し始めた。
 早速布教活動開始である。とはいえ私はややこしい話なんてよくわかってないので、神奈子様と長さんとの話は半分聞き流し。
 部屋を見渡してみると刀と弓が飾られている。長さん曰く、昔は妖怪退治をしていたこともあるとのこと。
 道理で歳のいった人の割りには肩が大きく、腕が太い。筋トレでもされているのだろうか?
 奥さんらしき人からお茶とお菓子も用意して頂けた。お茶はほうじ茶だそうだ。
「それにしても、妖怪の山へ降りたと?」
「妖怪の山?」
「そうです。あそこは妖怪の巣窟となっている山なんです。まあ巣窟と言っても、神様も混じっていたりする場所なんですが」
 どうやら想像以上に厄介なところへ降りた様である。
「何はともあれ、これからうちの信仰を広めようと思っているのです」
「なるほど。何はともあれわざわざ挨拶しに来られたとは、大変恐縮です」
「良いのよ、そんなに硬くなくてね」
「それはまた随分と変わった神様で」
「畏れで信仰を得る神も居るけどね、私はもうちょっとフランクな感じでやりたいのよ」
「それはそれは、私もこれから信仰させて頂きたく思います。とはいえ、妖怪の山となると……普通の人間では辿りつけませんね」
「その辺は心配いらないよ。この里にうちの神社の分社を建てさせてもらうわ。良いかしら?」
「どうぞ、ご自由にして頂いて構いません」
「そうですか、よろしくおねがいします」
 挨拶はこれぐらいで良いらしく、ここを出ることに。私はもう退屈で仕方がなかった。
 表に出たところで番人さんに預けていた、もとい屋敷内に置いていた御柱をよっこいせ、と抱えられた神奈子様。
 長さんに手を振って別れたが、長さんは開いた口が塞がらない状態になっていた。
 長さんの家の向かい側にある服屋の店主さんらしき人もこちらを見て唖然としていた。
「早苗、暇だったろう。甘いものでも食べようじゃないか」
「は、はい」 
 番人さんにお茶屋の場所を訊き、そこへ。店の前に御柱を突き刺し、店の中でお茶を飲む。
 通りかかる人達は皆御柱を見て、何かあったのかと足を止めていた。さらに店内の他のお客さんは神奈子様に釘付け。
「どうやらこの世界の住民は皆私のことが見えるみたいだねぇ。おまけに皆私のことを注目してくれてる」
「は、恥ずかしいですよう」
「だから恥ずかしがることはないんだって。ま、これから慣れていけばいいのよ」
「は、はぁ……」
「これからどうしようか。大工とか呼ぶのは当てがあるから後で話しに行くつもりだけど、物知りに会いたいんだよねえ」
「あー……そういえば結局お金とかどうするんですか?」
 今おまんじゅうとお茶をご馳走になっているのだが、私達はお金を持って居ない。
 さっきの長さんの話では単位は円らしいのだが、私達は外の日本のお金を殆ど持ち出していなかった。
「私に任せときなさい」
「だ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫、大丈夫」
 私を置いて一人神奈子様は店の主人と何か話をしだした。かと思うと店の主人は神奈子様に頭を深ゝと頭を下げた。
「もう大丈夫だよ。好きなだけ頼めば良い」
「え? お代は?」
「ツケにしてもらったんだよ」
 どうやって信頼を得たのかはわからないが、何となく想像できた。
 おそらく外に立てた御柱を証拠に自分は神様である、と言ったのだろう。
 ここの人達は神様というものを抽象的なものではなく、そこに居られると認識しているだろうし信じてくれるだろう。
 そういえばこの世界において巫女という職業には何かしら特権みたいなものがあったりするのだろうか。
 私は偉い神様直属の巫女なんだぞ、えっへん! みたいな。
 前居たところでは「あらひとがみ」さんと呼んでくれていたし。
 とはいえ私にはそんな威張る度胸があるはずもなく、お茶のお替りをお願いするぐらいしか出来なかった。
 店を出るとき、神奈子様が店の主人に里で物知りそうな人が居るのかどうかと尋ねられた。
 主人はヒエダという人の家を紹介してくれたので、次はそこを目指した。
 道行く人々が皆神奈子様に一度は目をやっている。手を合わせたり、頭を下げる人も居た。見ただけで神様だとわかるのだろう。
 酒屋で呼びかけをしている人や、金物屋の店員さんから声をかけられて挨拶を返したり。
 そうしているうちにヒエダという人の家に着く。
 長さんの家ほどではないが、ここの家もすごく大きかった。表札には「稗田」と書かれていた。
 番人こそ居ないものの、戸締りはしっかりされている。
 神奈子様が大きな声を出すと、家の人が慌てて飛んできた。
 こちらが何者か自己紹介した上で物知りな人に会いたいとお願いすると、家の人に少し待たされた後「どうぞ」と招いてくれた。
 例によって御柱は家の前の地面に突き刺し、安置しておいただけ。まあ泥棒に盗まれることなんてないだろう。
 あんな重たそうなものを盗もうなんて、相撲してる人でも難しいと思った。
 客間で少し待って欲しいと言われ、よく掃除されているであろう和室で待たされる。
「なんでも知っているとは、おもしろいねえ。きっとおじいさんやおばあさんが来るんだろうね」
 神奈子様がそう仰ったが、いざ来た人はとても背の低い女性、いや少女だった。
 中学生、いやもっと小さい。小学生ぐらいの女の子。
「お待たせしました」
「……あんたが稗田って人だね?」
「いかにも。私が稗田家九代目阿礼乙女にして、現当主である阿求です。なんでもあなた方は妖怪の山に神社ごと降りてきたそうですね」
 阿求という少女が反対外の座布団に座った。着物を着ていて、髪は長い。
「へぇ? もう噂になってるのかい。それは嬉しいねぇ」
 なんでも由緒正しき家系だそうで、代々幻想郷の歴史を記録している家らしい。
 さっきの家の人がお茶を持って来てくれたのだが、さっきお茶屋に行ったばかりなので喉は渇いていなかった。
 阿求という少女は幻想郷がどういう土地なのか色々と事細かに説明してくれる。
 とても少女とは思えないオーラと話し方。おまけにぽんぽんと話が出てくる。
 私はというと話を聞くのも面倒臭くって殆ど聞いていない。
 興味が無いわけではないが、日当たりの良いところと悪いところの話なんかされたって洗濯物を干す場所を考えるのにしか使えそうにない情報じゃないか。
 家系による信仰の差という話になると少し私も興味が出るが、神様の名前を交えた話になるともうついていけない。
 それなのに神奈子様は頷きながら阿求の話を熱心に聞いている。
 全くついていけない私は後で神奈子様にまとめて教えてもらうことにしよう。
「なるほどね。ここじゃスペルカードってもんで美しさを競う決闘を用いたりするわけだね」
「そういうことです」
「え? カード? カードで遊ぶんですか?」
「そうですよ。すごいですよ、弾幕遊びは」
「え? だんま……え?」
「それだけわかれば十分さ。邪魔したね、行くよ早苗」
「え、あ、はい」
「……」
 私と神奈子様を送りにきたであろう阿求に別れの挨拶をし、里の通りへ出た。
 家の人は御柱を引き抜く神奈子様を見て大層驚いている様子。さすがに私もこれには慣れてきた。
 阿求と家の人に手を振って稗田家を後にする。

 太陽の光が赤い。陽が沈みかかっている。もう夕方らしい。
 そういえば持ち歩く時計なんてなかったな、と思う。
「それじゃあ早苗、今日はもう帰ろうか。途中ちょっと寄るところがあるんだけどね」
「はい」
 空を飛んで山を登っていく。袴の中が見えてしまうんじゃないか、と心配しながら上を目指す。
 里の服屋で下着を見てくれば良かったか、と今更悩む。
 また視界の中を高速で動くものが出てきた。烏だろう。あんなに急いで、何をして生きているのか。
 神奈子様が川を指差し、降りていった。途中寄るところがある、と仰っていたのはこのことか。
「神奈子様、どこへ行かれるのですか?」
「なぁに、すぐ済むって」
 そう言って神奈子様は御柱を置き、川へ入っていかれた。腰の辺りまで浸かっている。
 川の水なんて冷たいだろうに。一度だけ修行の一環で入ったことがあるからわかる。
 するとどうだろう、川の中から帽子を被った何者かが三人現れた。
「こいつ、誰?」
「知らない」
「でも光学迷彩つけた私達を察知してたよ。すごい奴なんじゃない?」
 三人のうち二人は大きな鞄を背負っていた。何が入っているのかは想像もつかない。
 三人は私と神奈子様に対して警戒心を抱いている様子。キョロキョロと、こちらと神奈子様を見比べている
「あ、あの、神奈子様。この人たちは?」
「こいつらは人じゃないよ。河童さ」
「ええ!?」
「お、そっちは人間臭いぞ」
「攫っちゃおうか」
「おいおい、盟友を攫うわけにはいかないだろう。それに攫うのは今は亡き鬼の役目だね」
 河童という割りには随分と人間チックである。
 私の知っている河童っていうのは頭に皿があって、キュウリを貪っているイメージなのに。
「あの、神奈子様。この、河童らしい人らに何の用が……」
「決まってるじゃないか。うちの台所とか風呂場をこいつらに作ってもらうんだよ」
「え?」
「それじゃあ行ってくるから、ちょっとこの辺で待ってくれないか」
「え? 行くって、どちらへ?」
「河童の本拠地さ」
 神奈子様はそう言うと川へ潜っていかれた。どこへ消えたのか、姿は見えない。
 河童もいつの間にか居ない。私一人だけが残された。
 暇になったんだし、と思ってここから見える景色を見てみる。本当に綺麗で感動を覚えた。
 テレビ番組でたまに流れる日本の景色、みたいなコーナーでないと観ることの出来ない様なものが今目の前に広がっているのだ。
 びゅんびゅん飛んでいるものが邪魔で仕方ないが、そのうち慣れるのだろう。
 むしろそういったものが見えている方がここ、幻想郷らしい景色なんだと思う。
 少し離れたところには小さな羽根の生えた少女らが遊んでいる様子。
 あれは確か神奈子様が言っていた、妖精というものだろう。
 別の方向にも妖精らしきものが居た。こちらを見ている。少しずつこちらに近づいていた。
 手招きし、挨拶をしてみると驚かれながらも挨拶が返ってきた。
 恐る恐る手を伸ばし、妖精らしき子の頭を撫でさせてもらった。体温がある。暖かい。生きているんだ。
 今目の前に居る彼女は、本当にそこに居るのだ。空想、幻想のものかもしれないけど、今は私も幻想のものになったんだ。

 そのうち神奈子様は帰ってきた。いつの間にか妖精はどこかへ消えていった。
 そういえば妖精は自然発生したりする、とか神奈子様が仰っていたっけ。よくわからない生き物である。
「あ、お帰りなさいませ。どうなりましたか?」
「ああ、色々と手を貸してくれるってさ。ま、その分外から持ち込んできた酒を振舞ってやらないといけなくなったけどね」
「川の水で濡れてます。どこかお風呂を貸してもらえるところを探しに行った方が」
「それには及ばないさ。さあ行こう」
 神奈子様が神社に帰ろうと促す。一体河童達とどういう話をしてきたのか。
 帰り道に雛様と静葉様が一緒に居るのが見えた。こちらに気付き、手を振ってきたのでこちらも返した。

 神社に到着。するとどうだろう、社務所兼住居としている建物に煙突が出来ていた。
 家の中に上がってみると若干生臭い。
 風呂場に行ってみると給湯器のスイッチが無くなっており、金属製の釜が外についていた。
「す、すごい! もう出来てるじゃないですか!」
 神奈子様曰く金属製の釜に水が流れてくるので、そこを火で暖めて使うそうだ。
 薪も一緒に置いてくれている。この釜に水を入れて火を点ければいいらしい。
 驚いたことに山の湧き水を家の水道に引いてくれたらしい。恐ろしい程に仕事が速い。
 倉庫の方に行ってみるとお酒がいくらか無くなっており、河童の置手紙があった。あの働きなら、全く文句はない。
「ほら早苗、火を点けておくれ。風呂に入りたいんだ」
「は、はい!」
 火を点けて欲しいと頼まれるが、正直なところどうしていいのかわからなかった。
 神事のときに使った着火剤と先の長いライターがあったのを思い出し、何とかそれを使って薪に火を点けた。
「火の点け方わかるかい?」
 風呂場の中から神奈子様の声が聞こえた。
「今つきましたよ! でもこれ、どれぐらい薪をくべたら良いのかわからないんですが……」
「そうだねぇ、あと二本ぐらい入れといてくれれば良いよ」
「はい!」
 本当にこれで良いのか非常に不安である。
 キャンプみたいなものだと思えば楽しいのかもしれないが、文明の利器に頼って生きてきただけにわからないことだらけだ。
「良い感じだよ、ありがとう」
 とりあえず私は外に居て、湯加減を調節する係りとして釜から離れずに居た。
 そのうち神奈子様から交代の声をかけて頂いたので、私もお風呂に入ることにする。
 巫女服を脱ぎ、裸になって風呂場へ。お湯に手を入れてみると、私には少し熱く感じた。
 水を足してぬるくし、お風呂に浸かる。幻想郷に来てから初めて入ての入浴タイム。
 一人になったところで、今日あったことを振り返ってみる。
 見たことのない神様達とお会い出来た。
 里というところが思った以上にしっかりとした町並みに驚かされた。
 長さんの逞しい体つきにちょっとドキドキした。
 阿求という少女が子供とは思えないぐらい、大人びていて不思議だった。
 そこら辺の川に行くと河童が出てきたのには驚かされた。河童の国は水の中にでもあるのだろうか。
 ものすごいスピードで飛び回っているという烏も不思議だ。
 明日も布教活動をするのだろう。少しでも早くこの幻想郷に慣れ、神奈子様の巫女としての勤めを果たさないと。
 風呂場を出たところで着替えのところを見ると、神奈子様のものらしきかぼちゃパンツが置かれていた。
「出たんだね、早苗。それ私のだけど、履いて良いよ」
「え、あの」
「いつものだと空飛んでるとき恥ずかしいだろう? 明日は下着とか服でも見に行こう」
「え、でも」
「良いから、良いから。私とあんたじゃサイズ違うかもしれないけど、たぶんいけるって」
 腰のところは紐になっているので、縛れば履けるだろう。
 神奈子様の心遣いをそのままありがたがることにした。いつものショーツで空を飛ぶのは正直勘弁して欲しいからだ。
 これからはこのドロワーズを履くことにしよう。どうせジャージや普段の服を着ることは少なくなるだろう。
 そういえば今日の晩御飯のことを考えていなかった、と思い出した。
 八百屋と米屋を探しておけば良かっただろうか。
「すみません、今日の晩御飯どうしましょう」
「ああ、天狗のお偉いさんとこでご馳走してもらうつもりだよ」
「え? 約束か何かされていたんですか?」
「してないよ。お酒を振舞って、その代わりにしてもらうのさ」
「明日はどうするんです?」
「明日には台所も出来てるよ。耕作している農家を一軒一軒回ってうちの神社の宣伝して、農作物の一部を頂戴していけば良いのよ」
「あ、なるほど」
「あんたにもうんと仕事してもらないといけなくなるからね。がんばりなさいよ!」
「は、はい!」
「まあ、その前に天狗のところへ行かないとね」

 外に出た。今の空は真っ暗。外灯なんてないから、本当に真っ暗。
 正確に言うと真っ暗ではなく月と星が見えているのだが、この程度の光は私には暗すぎる。
 山の下、里の方では看板がぼんやりとした明かりを灯す程度。
 そこら中から蟲の声が聞こえてくる。聞いたこともない、不思議な鳴き声のものもいる。
「早苗、手繋いでいこうか? 暗くて見えないだろう」
「あ、じゃあお願いします」
「ゆっくり行ってあげるからね、怖がらなくて良いよ」
「はい!」
 神社の戸締りを確認し、利き手で御幣を握り締めてもう片方の手で神奈子様の手を握る。
 神奈子様がお酒の入った包みを抱えている。ふわりと、体が浮く。後はもう神奈子様に引っ張られるがまま。
 暗闇をあちら、こちらへと飛び回っている。山のどの辺を飛んでいるのかは想像もつかない。何も見えないから。
 目が夜に慣れるまでもう少し時間がかかりそうだ。周りでは何かの風切り音らしきものが聞こえる。
 そう思っていると、神奈子様が止まられた。前には白い服を着た者が二人居た。顔は見えない。
「ここから先は天狗の住処だぞ」
「来客があるという知らせは聞いていないわ。殺されたくなければ引き返せ」
 声からして、男と女が一人ずつ。
「私はあんたらの上司に用があるんでねぇ、通らせてもらうわ! 早苗、急ぐよ!」
「は、はい!」
 私の顔の近くを何かが高速ですれ違った。鉄砲でも撃たれたのだろうか。発射音は無かった。
 とにかく神奈子様の後を出来るだけスピードを出してついていくしかない。
 警備の仕事をしているであろう二人が私達を追いかけながら、何やら飛び道具を撃ってきている様だ。
 暗くて何が飛んできているのか詳しくわからないが、すごく危ないというのはわかる。
 どうやって避ければいいのかわからないが、とにかく必死についていくしかなかった。
 そのうち私達を追いかけている何者かがどんどん増えていき、撃ってきている何かは弾幕と呼べそうなぐらいの量になっていた。
 腕を掠める。袖に穴が開いていた。冗談じゃない、こんなところで死ねない。当たってたまるものですか。
「うるさいのが増えちゃったねぇ、ちょっと黙らせようか!」
 神奈子様が何か技名みたいなものを叫ばれた。今だけ手を離すよ、と呟かれる。
 神奈子様の手から弾幕が飛んで行き、私達を追っていた何者かが次々と悲鳴を上げて落ちていった。
「見えたかい? 今のがスペルカードって奴さ」
「え? あの阿求って子が言ってた奴ですか? スペルカードって一体何なのです?」
「一連の模様を描く弾幕に名前をつけるんだよ。スペルカードバトルっていうのもあって、元来それは弾幕の美しさを競う神遊びさ」
「へー」
「いずれ早苗もするようになるよ」
「え!? そんなの無理ですよ! 無理無理! 大体、弾なんて出せませんよ!」
「大丈夫、大丈夫。外の世界じゃ気付かなかっただけさ。あんたも出せるのよ」
「……」
「ほら、そろそろ終点だよ」
 山のどこか、岩場に降ろされた。岩場の奥には広い洞窟が出来ており、明かりがあった。
 そこには赤い下駄を履いた男女が何人か居た。鼻の高い者も居る。
 修験者の格好をした人も居る。おそらくここに居る者達は天狗なのだろう。
 殆どの者が腰に扇子を差している。メモ帳の様なものを持って何か走り書きしている者も居た。
「私は山の上の神、八坂神奈子だ。あんたらの頭領である、天魔に会いたい。案内してもらおうか」
 神奈子様がそう仰ると天狗達は道を開けた。さすが神奈子様、すごいオーラを発して天狗達を動かしてしまった。
 でも天狗達は緊張しているような表情ではなく、むしろ好奇心旺盛な感じで私と神奈子様をおもしろそうなものの様に見ている。

 洞窟の中へ入ってみると、そこには大勢の天狗達が居た。さっき見かけた白い服の者も居る。
 木で作った家も幾つか見られる。ここは天狗達の住処なのだろう。
 何かしらの機械が動いているような音が反響している。
 広さはというと、ドーム球場ぐらいありそうな感じ。天狗達の社会はここで形成されているのだろうか。
 神奈子様はその中でも奥の、高い所に作られた屋敷みたいな場所を目指してどんどん歩いて行かれた。
 慌ててついて行く。すれ違う天狗と思わしき老若男女が皆こちらを見ていた。
 屋敷みたいな建物の前には番人らしき天狗も居た。この天狗は絵に描いたような天狗で、鼻が高かった。
 背が高い。腕が太い。脚も太い。すごく力がありそうだ。
 そんな天狗を相手にずんずん前に出て神奈子様は「どけ」と迫力の篭もった声を出された。
 番人らしき天狗は刀を抜いて神奈子様の前に立ちはだかったが、暫く睨み合いが続いた末に向こうが引いた。
 門の開いた先には、これまた大きな天狗が居た。睨まれるだけで小水を漏らしてしまいそうなぐらい怖そうな顔をしている。
 まるで巨人みたい。当然の様に鼻も高い。おそらく一番偉い天狗なのだろう。
 その大きな天狗の周りには刀を持った天狗達が四人居る。
 警備を担当している天狗なのだろうか。それともこの偉そうな天狗らしき者の護衛なのか。
「お前が勝手に神社を置いて行ったという神か」
 大きな天狗らしき彼の声はすごく低く、かつ気迫の篭もった声だった。
「ああ、そうだよ。挨拶にきた」
 神奈子様だって迫力は負けていない。だが私はというともう神奈子様の後ろで隠れているので精一杯だった。
 脚が震えてる。しがみ付いていないと立っていられない。口がカチカチうるさい。
 いかにも怖そうな者に会いに行くなんて、私聞いてない。
 神奈子様が何か仰った気がするのだが、とても返事が出来る状態じゃなかった。
 いやいや早苗、私は八坂神奈子様の巫女なのよ。こんなことでへばっていては駄目。
 こんなことでは幻想郷で生きていくことなんてきっと出来ない。
 少しずつ気分が落ち着いてきた。下ばかり見ているのも悪い。相手の目を見てやるんだ。
 胸を張れ、早苗。私は風祝の巫女なのだから。
「早苗、大丈夫かい?」
「も、もう大丈夫です」
「しっかりしなよ、後で働いてもらうつもりだからね」
「はい!」
 御幣を握り締める。自分に何が出来るかはわからない。
 でも私には神奈子様がついてくださっている。神奈子様の言うとおりにすればきっと何でも上手くいく。
 気がつくと、私の目の前に天魔さんがいらした。一瞬目を反らそうと思ったが、勇気を振り絞って睨み返した。
「儂は天狗の頭領、天魔である。お前らは何者か」
「私はかの諏訪大戦の覇者、八坂神奈子である」
「今まで外に居た神が今更この幻想郷に来て、何をするつもりだ?」
「何もないよ。私はただ、あんたらと仲良くしたいだけさ。あんたらの輪の中に入れて欲しいだけよ」
「して、その手土産が酒か? それだけで仲間に入れて欲しいなどと、ふざけたことを」
 今度は神奈子様の目の前へ。今すぐにでも殴り合いを始めるんじゃないかと怖くなってきた。
 二人とも握りこぶしを作っていた。周りに居た天狗達が騒ぎ始める。私は逃げた方が良いのかもしれない。
 だって神奈子様はすごく重たそうな御柱を平然と振り回してしまうお方。その神奈子様を前に喧嘩する気満々な相手。
 巻き添えを食らえば命は無いかもしれない。かと思うと、二人とも笑いだした。
「お前、弾幕遊びは?」
「知ってるよ。挨拶代わりにやるかい?」
「いや、儂とお前でやればここら一帯が荒れて大変なことになるだろう。それは困る」
「だろうね、こっちも神社の方まで被害が出るのは勘弁してもらいたい」
「お前の巫女と、儂の部下とを闘わせるのはどうかね?」
「良いよ! 乗った!」
 また天狗達が騒ぎ出した。私の頭の中はそれどころではなかった。まさか本当に弾幕勝負へと駆りだされるとは。
 向こうは誰がやるか、で皆ざわついている。こちらとしては出来れば弱い人をお願いしたい。
 だって神遊びなんてしたことないのに。そもそもそんな人間離れしたこと出来ないに決まっている。
「出来るよ、早苗なら絶対出来る」
 私の心を見透かしたかのように神奈子様が私を元気付けてくださった。
 もうこうなったら信じるしかない。出来る、と思ってやるだけやるしかない。
「さぁ、風祝の巫女と勝負してくれるのは誰!?」
 お腹の底から声を絞り出し、天狗達を挑発した。怯んでくれる天狗は誰も居なかった。
「色々考えた結果、こっちからは文という烏天狗を出すことにした。おい文、相手をしてやれ」
「わかりました」
 そう言って天魔さんの後ろからひょっこり現れたのは、私と背が同じぐらいの女の子だった。
 女の子と言っても下駄の様な靴底をした赤い靴を履いて扇子を持っている。彼女も天狗に違いない。
 ここに来て妖怪の気配、というものがわかってきた気がする。
 昼間人里に行ったときは何も感じなかったのに、今こうして天狗達に囲まれていると人間とは全然違う気配がすることに気付けたのだ。
「私は文。射命丸文よ。新聞記者をやっているわ」
「……あ、私は東風谷早苗です。巫女です!」
「紅白以外の巫女ですか、これは興味深いですねぇ! わくわくしてきましたよ、良い新聞記事が書ける様がんばりますか」
 天魔さんが外を指差す。さすがにこの洞窟内で神遊びとやらをやるわけにはいかないらしい。
 私もそう思う。飛び道具をぽんぽん出すような闘いを閉鎖的な空間でやればきっと大惨事だ。
 洞窟から外へ出たところで心臓がバクバク言い出した。文さんの方は涼しそうな顔で何かメモを取っている。
 そういえば新聞記者だとか言ってたか。幻想郷では天狗が新聞を発行しているのか。
「早苗、最初は何も言わないでおくからちょっと自分なりにやってみなさい」
「えぇー! あんまりですよ、神奈子様!」
「いける、いける。どうしようもないってときになったら声かけてあげるから」
「……」
 神奈子様だけが頼りだというのに、自分でやれと言われたところで要領もわかっていないから困ったものである。
 何かしら準備をしているのか、始まるまで少し時間があった。
 周りには天狗達が山ほど居る。皆見物客といったところ。
 ござを敷いて宴会でも開こうとしている者もいる。賭け事をしている者まで出てきた。
 皆文さんに賭けていた。私に賭けた人は数えるほど。
 御幣を持つ手に力が入っていることを確認し、怖いのを隠そうと努力した。
 洞窟の中から天魔さんが現れる。文さんは手帳を仕舞った。
「それじゃあ二人とも初めてもらおう。勝負は一本勝負だ」
 天魔さんがそう言うと、文さんはふわりと宙に浮かんだ。ああ、空を飛んだ状態から始めるのか。
 飛ぶぐらい私にだって出来る。ただ正確に、かつ速度を上げて飛ぶのにはまだ慣れていない。
 さっきまでやっていたんだ、傍に神奈子様が居なくたって飛べる。浮き輪をイメージして、宙に浮くんだ。
 天高くに散りばめられた星の海。その中で三日月が浮かんでいる。山の上の空にいるせいか、風が少しあった。
 風。それは小さい頃から慣れ親しんだものの一つ。
「早苗、もし飛ぶのが苦しくなったら、風を起こす術のことを思い出してご覧」
「は、はい!」
 神奈子様の助言だ。これだけで私の心は奮える。鼓動が落ち着いてきた。視界がはっきりとしてくる。
 今からしのぎを削りあう相手が見えてくる。御幣を相手に突きつけた。向こうは余裕そうに扇子で扇いでいる。
 カードなんて私はよくわかっていない。さっき神奈子様が説明してくださったが、神奈子様はカードなんて持っていなかったし。
 そういえば技名がどうとか仰った気がする。カードとは言うが、もっと抽象的なものを指しているのでは?
「はじめっ!」
 天魔さんの迫力ある声が夜空に響いた。その瞬間、目の前から文さんの姿が消え去った。
「え!?」
「早苗! 前を見なさい! 前から来るよ!」
 前? 前には何も見えないというのに。いや、違う。文さんはすごく遠いところに移動したんだ!
 大きく風が動いたのが感じられる。刹那、皮膚の上を気持ち悪い物が走った。息苦しい。
 本能的に体を横に振ると、今居たところを高速で動く何かが通っていった。たぶん文さんだ。
 そうだ、今朝から私は天狗を見ていたじゃないか。思い出した。彼らは物凄く速い速度で空を縦横無尽に飛び回れるんだ。
 かと思うと、彼女の通ったところからそこら中に光る球体が飛び散った。
 そうか、これが「弾」だ。この勝負はこれに当たった方が負けなのだろう。
 今日空を飛べるようになったところで、いきなりこんなハードなことをさせられるなんて難しすぎると思う。
「早苗! 相手から目を逸らすんじゃないよ!」
「は、はい!」
 あっち行ったり、こっち行ったりしている文さん。
 相手目掛けて突撃し、自分の軌道上に弾を置いていく。そういう戦法らしい。
 これにも何か名前をつけているのだろう。でも私にはそんな必殺技みたいなもの無いのに、どうやって攻撃しろというのだ。
 必死に体を振って避けているのも疲れてくる。相手の攻撃に当たってしまうのは時間の問題かもしれない。
「弱気になるんじゃないよ! あんたは生まれたときから風を肌に感じて育ってきた、風祝じゃないのかい!?」
 そうだ。辛いときは術のことを思い出せとアドバイスを頂いていた。
 お母さんに色々教えられたことを思い出していく。
 巫女の私が神様へ祈り、願えば神様は神風の力を貸してくださる。
 今文さんはどうしている? 超高速の突撃を繰り返し、弾を置いていく。そういう攻撃をしている。
 じゃあ私はどうすれば良い? どうすれば突撃をやり過ごしつつ、弾幕を回避し続けられる?
 文さんの突撃で生まれる、風の動きを感じ取れば突撃に当たることはなくなるだろう。
 それと同様に相手の弾幕も肌で感じ取ることは出来ないのだろうか。
 出来る。私になら出来る。伊達に辛い修行をしてきたわけじゃない。
 お母さんに叱られながら術の練習を繰り返してきたじゃないか。
 より視界がすっきりしてきた。目に見える範囲だけじゃない。
 いわゆる第六感的なもので後ろから迫ってくる弾まで見えてきた。
 体を左に振った。そっちは今安全な場所だと確信を持てる。事実体を振った後の今、私は無傷である。
 早苗、風を感じろ。神奈子様の言葉を思い出せ。お母さんがいつも言っていたことを思い出せ。
 私はあのお方の巫女だ。あのお方を信じていれば良い。あの神様を信じていれば全て上手くいく。
 自分でも驚いたことに、頬が吊り上がっていた。楽しい。神遊びってすごい。
 こんなに楽しいスポーツがあるなんて。今なら高速で動き回っている文さんに微笑みかけることだって出来る。
 もう浮き輪をつけるイメージなんて必要ない。水を得た魚よりも自由に飛びまわれる。
 御幣を振り上げた。目を瞑り、神奈子様への願いを呟く。
 あなたの力をお貸しください。今この瞬間だけお貸しください。神風を起こす奇跡の力をお貸しください。
 小さいころから何度も繰り返し練習し、何度か実践もしたことのある術。
 体が覚えている。文さんの突撃と弾幕をやり過ごしながらでも術を続けていられる。目を開ける必要なんてない。
 奇跡、神の風。術は完成した。私の周りに神様の力によって生みだれた風が巻き起こる。
 目を開けてみると驚いたことに、私の周囲を大量の弾を囲んでいた。
 文さんのものではない。私の術によって生み出された、私の弾幕だ。私にも出来たのだ。
 神の風に突っ込んできた文さんは直撃したのだろう。あらぬ方向へ弾き返され、凄い勢いで落下して行った。
 風が静まる。術は終了した。辺りが静かになる。下の方で騒ぐ者達が居た。
「やったね、早苗! やっぱり私が見込んだだけはあるよ!」
 あのお方が喜んでいらっしゃる。良かった。あの方のために巫女らしいことが出来たのだ。涙が止まらなくなっていた。
 ゆっくりと着地。私は神奈子様に飛びついた。
「神奈子様、私出来ました!」
「うん、うん! 偉いよ早苗!」
 神奈子様が私の肩を抱いてくださった。それだけで満足だった。もう何も要らないぐらい嬉しかった。
 だが勝利の余韻に浸っている最中、私達は大勢の天狗達にとり囲まれたのだった。
「弾幕決闘の勝利、おめでとうございます! 東風谷さん、今のお気持ちを教えてください!」
 手帳を持った女性の天狗にそう訊かれた。いきなりそんなことを言われても答えられるわけがない。
 そのうち女性天狗は押し出され、代わりに男性天狗が目の前に出てきた。
「見事なスペルカードでした! あれは何という名前なんですか?」
「え」
 どう返そうかと悩んでいるうちに男性天狗は弾き出され、大柄な男性天狗に入れ替わる。
「相手の、射命丸のスペルカードを受けてどんな印象を持ちましたか?」
「そ、その」
 言おうとしたところで今度は後ろから引っ張られ、眼鏡をかけた女性天狗に捕まる形となった。
「開始前から随分と緊張されていた様でしたが、途中から楽しそうな表情でやっていましたね。それはあの神様の助言のお陰ですか?」
「あ、はい……」
 女性天狗がメモを取り始めた。すると周りに居た天狗達も一斉に筆を走らせた。
 そうか、この天狗達は皆新聞記者なんだ。文さんみたいな。
 文さん? そういえば彼女はどうなったのだろう。
 墜落していったのだが、まさか死んでしまったのか? 私は人殺しをしたのでは……。
 神奈子様に訊いてみようと思ったところで、満身創痍の彼女がゆっくり飛んで帰ってきた。
「あややややや……本気ではなかったとはいえ、まさかコテンパンにされるとは」
「あ、あの! 大丈夫ですか!」
「ん? ああ、私は人間じゃないからね。死にはしませんよ。痛いですけどね」
 私と神奈子様を囲んでいた天狗達が一斉に動き出し、今度は文さんを取り囲み始めた。
「射命丸! そこの巫女の弾幕どうだったんだ?」
「え?」
「新参者に負けて、今どんな気持ち?」
「ちょ、ちょっと!」
「屈辱を晴らすために、再戦する予定とかは?」
「待って待って! 取材されたことなんて殆どないのに!」
 ここの天狗達ときたら、何ていう者達だ。変わったことがあればこうやって首を突っ込む連中なのだろうか。
 記者の天狗達が一斉にこっちを向いた。また質問されるのは勘弁して欲しい。
 今はやりきった感動と疲労が一緒になって、頭の整理が追いつかない状態なのに。
「今この子はいっぱいいっぱいなんだ、もう質問は無しだよ」
 神奈子様が記者天狗達を静かにしてくださった。大きな力の気配を感じる。さあっと、天狗達が二つに分かれた。
 天魔さんが苛立った表情でこちらに向かってきたのだ。
「新参者なんぞに負けおって!」
「ひい! ご、ごめんなさい!」
 天魔さんが文さんを叱り付けた。神奈子様は笑い出した。
「もっと強いのを出してくれば良かったねぇ」
「黙っておれ。こやつが手を抜きおってからに」
「ひいー! お、お許しを! その巫女、思った以上に強くて……」
「言い訳をするか、見苦しいぞ!」
 文さんはそのうち洞窟の方へと逃げるように帰って行ってしまった。悪いことをしてしまっただろうか。
「さて。神奈子、早苗」
 天魔さんの表情が柔らかいものになっていた。
 こんなにも優しそうな顔をする者なのか、と勘違いしてしまいそうになる。
「儂はおもしろいものを見せてもらって、大変満足している。お前らが良いのなら、儂はこの山に住むのを許してやっても良いと思っている」
「本当かい!? いやー、さすが頭領! 大きな器してるね!」
「そこの巫女に免じてお前たちを認めてやろう。お前たち、そこの神様と巫女を歓迎してやれ。蔵にある酒を持って来い」
 どうやら神奈子様の目的は果たされた様である。洞窟の方へ誘われた。
 天狗達は大急ぎで宴会の用意をし始めた。提灯をぶら下げ、ござを敷いて酒を配っている。
 神奈子様が持って来られたお酒も一緒に振舞われ、神奈子様と天魔さんが乾杯をしたところで皆一斉に大騒ぎ。
 私にまでお酒は回ってきた。私まだお酒呑んで良い年齢じゃないのに。
「早苗、あんたも呑みなさい! 騒がなきゃ損だよ!」
 神奈子様はすでに顔を赤くしていた。満面の笑み。天魔さんと肩を組み、ゲラ笑いを響かせながら呑んでいた。
 そうだ、私は始めての弾幕勝負に勝ったんだ。その祝杯として一杯ぐらいは呑まないと逆に失礼に当たると思ってきた。
 小さな杯に注がれた、透明な水みたいな液体を一気に飲み干してやる。
 意識は無くなった。


   『神徳ファンタスティカ 3-3』へ続く


© Rakuten Group, Inc.